医療法人富田浜病院

医療法人 富田浜病院
059-365-0023
社会福祉法人 富田浜福祉会
059-365-0066

   

現在日本は、世界で最も早く進んでいると言われる超高齢化社会、医療の進歩により膨らむ医療費、人口構成の変化に伴う労働人口の減少、等の問題に直面しており、国が政策として医療費を大きく減らす状態となっています。この流れは今後も続き、日本の医療・介護を取り巻く環境は劇的に変わっていくと考えられます。

当院は、トータル・ヒューマン・ヘルスケア・ユートピアの構想の下に、予防医療、急性期から慢性期の医療、そして介護を一体的に提供できるケアミックス型病院として地域に貢献することを目指しています。

より安全で、より確実な医療・介護を提供し、患者さんとそのご家族に安心し、満足して頂ける病院となるために、日々新しい医療を取り入れ、他の医療機関・介護施設との連携を積極的に行い、職員にとっても働きがいのある職場を目指して進んでいきたいと考えております。

新たな時代へ向けて、地域の医療・介護に更に貢献できるよう、努力をしていきます。

今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

医療法人 富田浜病院 理事長 院長 社会福祉法人 富田浜福祉会 理事長 河野 稔文


   

 令和元年という元号の変わる年に、創立百年という記念の年を迎えられるめぐり合わせの良さを感じます。

 当院の創立は、初代石田誠先生が大正七年に富田浜の地に富田浜病院を創設しました。 当時結核は不治の病とされ、亡国病とも呼ばれ、一時は日本全国から患者が集まりました。
昭和34年には伊勢湾台風により2階まで浸水し、病院の存続が危ぶまれましたが、3代目理事長の石田マサオ先生の活躍で再建出来ました。その後、坑結核薬の発見や治療の進歩により結核患者は減少しました。時代の流れと共に病院経営は悪化し、昭和58年に富田浜病院倒産寸前となり、経営再建の為に東京品川の河野臨床医学研究所の河野稔が四代目理事長となり経営の建て直しを引き受けました。
その時、私は9代目院長として就任し、結核病院から救急病院へ変更し、その後ケア・ミックス型病院になりました。平成11年に理事長を引き継ぎ、今日まで日本の医療体制の変化に応じて経営してきました。


 今、世界中がコロナ禍で変化しつつあります。富田浜病院が新しい息吹のもと生まれ変わる為に、令和3年6月に河野稔文院長に理事長を譲りました。
新しい発想を持って富田浜病院のブランド化を計り、今後ますます地域医療、介護、福祉に尽くしていかなければなりません。
私も健康の許す限りは名誉院長として、医師として残りの人生を歩みたいと思います。もうしばらくは外来や回診をしますので、よろしくお願い致します。

 今後は稔文理事長を中心として、「真療」の精神を持ち、「トータル・ヒューマン・ヘルスケア・ユートピア」を目指して頑張って行きます。
皆様、今後共よろしくお願い致します。

医療法人 富田浜病院 名誉院長 社会福祉法人 富田浜福祉会 会長 医学博士 河野 稔彦

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